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廃棄野菜で和紙を作る! 前代未聞の取り組み「フードペーパー」って?[後編]【ビギニン#50】

次男、優翔くんの自由研究をアイデアの源泉に、あれよあれよという間に商品化にまで至った五十嵐匡美さんの「フードペーパー」。

後編では「フードペーパー」がどのようにして作られているのか、その製作過程をたどりながら、五十嵐さんに商品に対するユーザーの反響や今後の展開などについて話を伺いました。

前編はこちら

今回のビギニン

五十嵐製紙 伝統工芸士 五十嵐匡美さん

1919年(大正8年)創業の越前和紙の工房「五十嵐製紙」の4代目。日本に古くから伝わる和紙の製法を堅持しながら、和紙の新たな可能性を拓く取り組みにも積極的。2020年に「フードペーパー」のブランドを立ち上げた。

Struggle:
絶妙な配合で、野菜を和紙に

フードペーパーの製作過程は、まず原料作りから始まります。主たる原料はコウゾ。今回は五十嵐さんが自家栽培したコウゾを使います。

「最初にコウゾを蒸します。蒸すと皮と中芯に分かれますが、私たちが使うのは皮の方だけ。これを煮つめて、さらにビーターと呼ばれる機械にかけます」

ビーターとは、簡単にいうと白皮粉砕機。投入した白皮を水と一緒に細かく粉砕、攪拌することでコウゾの繊維をほぐし、水中に分散させる働きをします。細かな繊維となったコウゾを水に溶かして主原料は完成。

次にフードペーパーの要となるもうひとつの原料、廃棄野菜・果物を準備します。玉ねぎ、ねぎ、みかん、茶、ぶどう、にんじん、ごぼうなど、多彩なラインナップを擁していますが、今回選んだのはキャベツ。

「このキャベツは、近くの農家さんからいただいたものです。今シーズンは虫の被害がひどかったらしく、売り物にならないキャベツをちょくちょくいただくことが多いですね」

今回使用する廃棄キャベツは、ほとんどが外葉。これを専用のミキサーに入れ、時間をかけて細かく粉砕。充分細かくなったところで、コウゾを溶かした水桶の中に投入し混ぜ合わせます。

コウゾに対する廃棄野菜・果物の割合は、野菜・果物の種類によって異なります。また、作る商品によっても変わってくるといいます。

「メッセージカードなら野菜・果物の割合を高くすることができますが、頻繁にめくられるノートは強度を保たなければならないため、あまり多く配合することができません」

この商品ならこの野菜・果物を何割配合できるといったデータは、すべて五十嵐さんの頭の中。経験の積み重ねで得たものです。

「配合率が最も高いのは、にんじんやジャガイモを原料にメッセージカードを作る場合。このケースだと、野菜を5割まで配合することができます。言い換えれば、原料不足に瀕しているコウゾを5割節約できるということでもあるんです」

コウゾとキャベツは揃いましたが、これで終わりではありません。紙漉きにはもうひとつ欠かせない副原料があるからです。トロロアオイの根から抽出された「ネリ」と呼ばれる粘液です。

アオイ科の植物であるトロロアオイの根を叩き潰して水に漬けると、きわめて粘性の高い液体が溶け出してきます。これが「ネリ」です。

フードペーパーを作る上での紙漉きには、網を張った木枠の中に原料を流し込んだ直後、木枠を揺すって原料の繊維をくまなく広げる作業が不可欠です。

「水と原料だけだと流し込むや否や、瞬時に流れ落ちてしまいますが、粘性を持つネリを加えることで、木枠の中に原料が一瞬とどまり、私らに木枠を揺する時間を与えてくれるんです」

じつはトロロアオイも一時期、入手困難の危機に瀕したことがあったといいます。現在は幸いにも生産農家の理解もあり、また五十嵐さんら越前和紙の紙漉き職人たちが毎年、生産農家に出向き栽培の手伝いをしたりすることで、生産を継続してもらっているのだとか。

ちなみに、越前和紙もフードペーパーも原料が違うだけで、紙漉きの工程は基本一緒とか。さて、ここからが紙漉き工程のクライマックス!

コウゾを溶かした水に、粉砕したキャベツとネリを加えた原料を、しっかり攪拌して混ぜ合わせます。渾然一体となったところで、木枠の脇に置かれた、片側に傾斜のついた「流し箱」と呼ばれる木箱に必要な量だけ原料を入れます。

カタン! 五十嵐さんが「流し箱」を勢いよく傾けると、原料が木枠の中に一気に広がっていきます。さらに間髪おかず木枠を揺すり、原料を木枠全体にくまなく広げていきます。作業はきわめて短い時間ですが、凝縮された職人技が発揮された瞬間です。

そのまましばらく放置して水気を切ります。ある程度、水気が切れたところで「室(ムロ)」と呼ばれる乾燥場に入れて乾燥させます。

「夏は天日干しすることもありますが、今の季節は雨雪が多いので、冬場は室で乾燥させています。今回は原料がコウゾなので、室の温度は50℃くらい。だいたい半日ほどで乾きます。室の温度は原料ごとに変えています。ガンピの場合は、40℃以下に設定しています」

室での乾燥を終えたら材料としてのフードペーパーは完成。あとは加工工場でメッセージカードになったり、サコッシュになったり。

完成したばかりのフードペーパーを前にすると、一番にその色合いが目を惹きます。キャベツ由来の薄緑色は、化学染料とは一線を画すナチュラルで素朴な印象。しかも、毎回同じ色合いになるとは限りません。

「廃棄された状態をそのまま使うので、同じにならないんです。今回のようにキャベツの外葉ばかりだと緑がかった感じになりますが、キャベツを丸ごと使ったら白っぽく仕上がります」

他の野菜・果物でも同様。玉ねぎなら廃棄されるのは、ほぼ茶色い皮の部分。でも、ごくたまに丸ごと廃棄されることがあって、それを使用するとやはり紙の仕上がりが異なるのだとか。

「どの部分を使うかだけでなく、産地や季節によっても仕上がりの色合いは変わってきます。玉ねぎは北海道産と淡路島産とで違ってくるし、春か冬かでも変わります」

Reach:
フードロス解決、そして伝統工芸の持続可能性の一助に

現在の商品ラインナップは、写真のメッセージカード・ノート・名刺入れ・眼鏡入れのほか、サコッシュやストッカーなど幅広く展開。もちろん、すべて廃棄野菜・果物からできた紙製品です。

「ビームス」などのセレクトショップのバイヤーからの評判も上々で。メディアにもたびたび採り上げられました。五十嵐さんは催事などの場で、商品を手売りすることがあるそうですが、そんな時にエンドユーザーから直接、感想を聞くこともあると言います。

「10代、20代の若い男女の方が、カワイイと言ってくださいます。これで3冊目なんですとか、全色揃えたいんですとか、そんな風にお声掛けいただくこともしばしばです。フードペーパーを発売するまで、自分の商品がカワイイなんて言われたこと、一度もなかったので(笑)、本当に嬉しいですね」

オフィシャルのオンラインストアでは、現在SOLD OUTになっている商品もありますが、まもなく新商品登場の噂もあるので期待して待ちたいところです。

順調に世間の認知を広げてきたフードペーパーですが、フードペーパーですが、始めから順風満帆だったわけではありません。生産が軌道に乗った当初、五十嵐さんを大いに悩ませる問題が浮上します。廃棄野菜・果物をどこからどう調達するのか問題です。

「商品にならなかった野菜や果物がどういう経路で廃棄されるのか、まったく知らなかったので困りました。最初は県内のスーパーに問合せの電話を片っ端から掛けまくりましたが、巧みな仕入れと値引き販売で廃棄野菜がほとんど出ないことを知りました」

困りきった五十嵐さんの元へある日、一本の電話が入ります。電話の相手は、県内の病院や飲食チェーン店に毎日カットした野菜と何トンも供給しているカット野菜工場の責任者。

「どうも私の取り組みを掲載してくれた地元の新聞を読んでくださったみたいで。その工場では玉ねぎ、ジャガイモ、にんじん、ゴボウ、キャベツなどの野菜をカットしていて、毎日数百キログラムも廃棄野菜が出るんだそうです。工場でも処分に困っているから、使ってもらえるものならば、ぜひ使って欲しいとおっしゃってくれて。もう私の方こそ大喜びでした」

カット野菜工場は、社内で懸案になっていた廃棄野菜の処分問題を有効利用する方向で解決することができ、五十嵐さんはフードペーパーの原料となる廃棄野菜を安定的に調達することができる。期せずして好循環な仕組みができたというわけです。

フードロス問題の解決にひと役買い、和紙原料の不足問題にも一筋の光明を与えているフードペーパー。でも、五十嵐さんが思い描く将来の展望は、フードペーパーという枠組みにはとても収まらないものです。

「年々、和紙離れが加速していて、洋紙と和紙の区別もつかない方がほとんど。できればフードペーパーを入り口に越前和紙のことをもっと知って欲しいと思っています。それで興味を持った若い人たちが、作る側にも魅力を感じて次世代の担い手になってくれることまで期待しています」

若い担い手が増えると、フードペーパーとはまた違ったアプローチで、和紙原料の不足問題に解決策を示してくれるかもしれないと五十嵐さんは言います。そうして五十嵐製紙のみならず、各工房から多彩な派生商品が生まれれば、越前和紙ってこんなに面白いんだと思ってくれる人も増えるでしょう。

「越前和紙をもっと知りたい、越前和紙の商品がもっと欲しい。そういう人が増えてくれたらいいなと思っています。それも日本だけじゃなく、世界中に」

越前和紙が盛り上がれば、和紙原料を栽培する生産農家も増えていくかもしれない。せっかく1500年続いた越前和紙。この先も2000年、3000年と続いて欲しい。それが五十嵐匡美さんの切なる願いです。

Food Paper

越前和紙の工房「五十嵐製紙」が手掛ける、廃棄野菜や果物を再利用して作られた紙文具ブランド。上写真の「メッセージカード(12枚入りで594円)」のほか、「サコッシュ(3960円)」や「名刺入れ(2200円)」など、多彩なアイテムを展開。どれも野菜や果物由来の独特の風合いが魅力。

(問)Food Paper
https://foodpaper.jp/

※表示価格は税込みです

※本記事は2023年11月に取材したものです


写真/平井俊作 文/星野勘太郎

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