メジャーリーガーも虜に⁉ 宮崎から海を渡った和牛グラブ[前編]【ビギニン#46】
生活を便利に一変させたアレも、かつてない楽しさを提供してくれたコレも、すべてのモノには始まりがあり。本連載「ビギニン」は、時代のニーズや変化を捉えた前代未聞の優れモノを“Beginした人”を訪ね、深層に迫る企画です。
年末の風物詩、『2023年ユーキャン新語・流行語大賞』が発表されました。年間大賞は三年連続で野球関連のワード。今年は38年ぶりに日本一に輝いた、阪神タイガースの岡田監督が使っていた「アレ(A.R.E.)」。
今回のビギニンは、そんなおめでたい野球ムードに乗っかります。紹介するのは、日本で初めて宮崎牛のレザーでグラブを作った「ボールパークドットコム」の山内康信さん。草野球チームに所属している読者諸氏、このグラブをはめれば“アレ”を勝ち取れるかも!?
今回のビギニン
ボールパークドットコム 代表取締役 山内康信さん(右)
宮崎県出身。1963年生まれ。明治大学卒業後、都内に本社を構える損害保険会社に入社。15年間勤務し、2002年地元宮崎で「ボールパークドットコム」を創業。公務員の家庭で育ち、学生時代は野球部に所属。大学時代のポジションは内野手。左は専務取締役の山内恵美さん。
Idea:
はじまりはグランド整備だった!?
山内さんは根っからの野球好き。幼い頃から身近な存在で、学生時代も野球一筋。身内にはプロ野球選手が2人もいます。いつか、野球に関わる仕事がしたい。そんな想いが高まって都内の損害保険会社を退職。俗にいう脱サラして起業したのが、「ボールパークドットコム」でした。
「ずっと野球をやっていたので、人とのつながりがありました。退職をきっかけに地元に帰ってきたので、せっかくだったら念願だった野球用品メーカーをやろうと思ったんです。プロ野球のキャンプ地である宮崎に、野球用品メーカーがあってもいいだろう!と思っていました。」
2002年創業の「ボールパークドットコム」。初めはオーダー専門のスタイルで、母校の野球部が着用するユニホームなどを受注して納品していました。
「この頃から、オリジナルの野球道具も作ってはいました。宮崎は全国有数の杉の産地なので、例えば杉製のバットとか。あとは南九州の竹はよくしなるという話を聞いて、その竹で竹バットを作ってみたり。」

会社を立ち上げた翌年、旧ダイエーホークスがキャンプの拠点を宮崎に移すタイミングで、野球場のグラウンド整備事業をスタート。主な業務内容は、選手たちが練習しやすいようにグラウンドの環境を整えること。シーズンが切り替わるときに土を入れ替えたり、毎日フィールドをトンボでならしてプロ仕様のグラウンドを維持していたそう。奥さんの恵美さんは、そんな山内さんのチャレンジを支えてきた一人です。
「グラウンド整備をしていたおかげもあって、野球界とのつながりが深まりました。ジワジワと会社の名前を広げいきました(笑)」(康信さん)
Trigger:
宮崎牛でグラブを作ろう
山内さんが初めて宮崎牛でグラブを作ったのは2017年。同年、宮崎県で開催された「東京六大学野球オールスターゲーム」の記念品として、参加した大学にキャッチャーミットを贈呈しました。
「その大会の幹事を任されていて、記念品の準備も引き受けました。せっかくだったら、スペシャルな特徴をつけたいと頭を捻りまして、浮かんできたのが宮崎牛のレザーを使うことだったんです」
その理由は、2017年9月に開催された5年に1度の和牛のオリンピック「全国和牛能力共進会」が宮城県で行われたタイミングでした。宮崎牛は言わずと知れた日本のブランド牛のひとつで、地元の畜産業も優勝を狙って盛り上がっていました。
「野球と宮崎牛を掛け合わせたら、宮崎のPRにもなるし、今までにないグラブが作れると思いました。それに、うまくいけば、地元の新しい産業にもなりそうだし、ちょうどいいかなってね」
記念品作りを打診されたのは、2015年のこと。ただし、宮崎牛のレザーを使ったグラブ作りの前例がなく、制作は難航します。準備期間が限られるなか、大会関係者や宮崎県に協力を要請しながら、仕入れ先から自分の足を使って新しく協力先を開拓しました。
そもそも、現在日本に流通しているグラブの多くは海外の牛の革を使用しています。なぜ和牛を使ったグラブがほとんど流通していないのか。制作を進めるにつれて、その理由をヒシヒシと実感することに。試行錯誤の末に誕生したグラブは、挑戦者だったからこそ完成した代物でした。
「出来上がった時は、ホッとしたし、うれしかったです。会社の仲間と一緒にサンプルのグラブをはめてキャッチボールをすると、和牛を使ったグラブに確かな手応えもありました」
山内さんは、県内の工業試験場で宮崎牛のレザーと欧米牛のレザーを使って、品質検査を実施。左右から同じ力で引っ張ったとき、耐久力の高さで軍配が上がったのは、宮崎牛のほうでした。他のデータでは、宮崎牛の革は、海外のそれと比べて、薄くて繊維質が細かくギュッと詰まっていることも判明しました。
「グラブは少しでも軽いほうがいいし、丈夫なほうがいい。だから、宮崎牛のレザーは素材としてうってつけなんですが、いざ量産に向けて動き出すにはハードルが高くって苦労しました」
構想からキャッチャーミットを贈呈するまで約2年。初めて内野手のグラブを販売できたのは、それからさらに半年後。宮崎牛のグラブ作りは、日本の畜産や皮革業界について詳しくなかったからこそ挑めた、前代未聞の取り組みだったのです。後編では、これまで国内産レザーのグラブが作られてこなかった理由に迫ります。
後編:想定外のトラブル続き⁉ 五里霧中でも和牛グラブに夢中に続く
JB-006S
宮崎県の和牛の革を使い、丈夫さと軽さを両立させた内野手用グラブ。手元重心の軽量設計により操作性も抜群で、トータルバランスを重視するプレイヤーに最適。バリエーションは写真の内野手用ほか、投手用、外野手用、ミットなど豊富に揃う。現在(12/20時点)での納期は約100日(※型付けを希望する場合はプラス2週間前後)。高校野球ルール対応。5万7200円。
(問)ボールパークドットコム
https://japan-ballpark.com/
※表示価格は税込みです
写真/椿原大樹 文/妹尾龍都 編集/鍵本大河(Beginデジタル)