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国内最大級のオープンファクトリー「ひつじサミット」って何だ?[後編]【ビギニン#42】

尾州で130年以上続く繊維メーカー「三星グループ」の5代目に生まれ、三菱商事、ボストン・コンサルティング・グループを経て、家業を継いだ岩田さん。28歳で社長に就任すると、テキスタイル見本市プルミエール・ビジョン・パリで自ら生地を売り込んだり、自社ブランド「MITSUBOSHI1887」を立ち上げたりと、会社に新しい風を吹き込み事業をアップデートしていきます。2020年、新型コロナが尾州の繊維業に大きなダメージを与えると、産地全体で困難を乗り超えるためクラフトツーリズムをひらめきます。

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今回のビギニン

岩田 真吾さん

1981年生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒。三菱商事株式会社、ボストン・コンサルティング・グループを経て2009年、家業であり130年以上の歴史を持つ繊維メーカー「三星グループ」に入社、翌年5代目の社長に就任する。2019年にジャパン・テキスタイル・コンテストでグランプリ(経済産業大臣賞)、2022年にForbes JAPAN起業家ランキング特別賞を受賞。サウナ好きで、2018年よりフィンランド・サウナ・アンバサダーをつとめる。趣味は燻製。

Struggle:
コンセプトはゆるくつながる

「コロナ以前から商品を買うとき、スペックやプライスだけじゃなく、どんな人がどんな思いを持って作っているのか背景に関心を持つお客様が増えてきていたんです。うちも「MITSUBOSHI1887」を始めたところ、会社のショールームを見るため足を運んでくださる方がいて、それだけで帰るのはもったいないじゃないですか。せっかく東京から2時間かけて来てもらってるので、仲のよい会社に声をかけて見学ツアーをしていたんです。手間はかかるけど喜ばれるし、三星はもちろん、ウールや尾州のファンにもなってくれる。それをイベントにできないかなと。工場やそこで働く人をコンテンツ化できれば追加のお金はほぼかからず新しい価値が生まれる、作る人と使う人が繋がれる、いわゆるオープンファクトリーとかクラフトツーリズムと呼ばれるものですが、尾州ではずっと出来てこなかった。今こそそれをやるときだと」

可愛い名前が大事だと考えた岩田さんは「ひつじサミット」というタイトルをひらめきます。そして親交があった一宮市にあるニット工場・宮田毛織の宮田貴史さんと、綛染め(かせぞめ)工場・伴染工の伴昌宗さんという後継者2人を、名古屋のジンギスカン屋さんに招き、羊肉を食べながらひつじサミットの構想を話します。

「これからのモノづくりは、作り手が使い手に情報発信しないといけない。それは点ではなく面、一つの会社が単独でやるより産地で伝えた方が効果的だと。特別なコストもかからないし、最初は3人で始めようと話したら、声をかけたら手を挙げる人が他にもいると2人が言うので、じゃあそうしようと誘ったら最終的には11人が集まりました。業種も様々で、飲食店や物流関係の方も賛同してくれて、毛織物産業が中心じゃなくなるけど、地域とか都市って一つの産業だけで成り立ってるわけじゃない。閉じるよりもオープンに、ゆるくつながるほうがひつじサミットぽいよねっていうことで、11人でスタートしました。とりあえず最初は1人10万円ずつ出しあって110万円で何ができるか。ホームページくらい作れるだろうと始めたら、地域の金融機関さんや老舗の商社さんから協賛をいただいて、それでどんどん輪が広がり、最終的には想像以上のムーブメントになりました」

2021年6月に開催された「ひつじサミット尾州 プレ開催」のオープンファクトリーのひとこま。

2020年の冬、3人のジンギスカン会議から10ヶ月後の2021年10月最終土曜「ハグ・ア・シープ・デイ(羊を抱っこするアメリカの記念日)」に第1回「ひつじサミット尾州」を開催。毛織物関係の会社は最終的に20社が参加し工場を一般開放。飲食も20店舗が羊にちなんだメニューを提供しました。

「できたら羊料理を作って欲しいけど、無理ならカプチーノに羊の絵を描いたり、それも難しければひつじサミットののぼりを立ててくれるだけでもよいと。コンセプトの『ゆるくつながる』というのをすごく意識しました。コロナの中で何が失敗か成功かもわからない状況で、旧来のマーケティングならターゲットを絞るのがセオリーなんですが、ひつじサミットは真逆に行こうと。それで、5つの目標を定めました。1.産業観光を通して使う人と作る人が繋がる。2.地域で色んな事業をしてる人たちと連携する。3.ウールの持続可能性をテーマにしてサスティナブルなエンターテイメントをやる。4.後継のイメージアップ。5.働く人のモチベーションをあげて採用促進につなげる。この中で1つでも共感してくれたらあなたは仲間ですと」

目的を複数設定することで間口が広がり、事業者と来場者の接点も増え、初年度はオンラインで3000人が視聴し、1万2000人が来場。翌年は2日間で1万6000人が訪れました。

「人数は特に重要視しておらず、それよりも羊やウール、尾州のことを知ってくれる人が増えたらと。あとは、今までBtoBだった参加事業者が、ひつじサミットがきっかけでファクトリーブランドを立ち上げるいう動きも出てきて、みんなで前向きのことがやりたいっていう最初の目標は少しづつ出来ているのかなと思っています」

MITSUBOSHI1887が最初にリリースしたウールストール。

Reach:
後継が成長する場所

三星毛糸本社のコワーキングスペース、ひつじサミットではこちらも開放されます。

他にも「ひつじサミット」は尾州の繊維界に予期していなかった好影響をもたらしました。

「事業者間で工場を見せないっていう暗黙のルールがあったんです。でも、ひつじサミットは使う人と作る人が繋がるというキーコンセプトで、一般の方に工場をオープンします。当然、同業者が見るのも止められないわけです。だったらもうお互い見せ合おうじゃないかと。そうしたらみんな同じようなことで悩んでいて、それはこうしたら良いんじゃないかって話し合える信頼関係が生まれてきたんです。その中で、やっぱりデジタル化っていうのは遅れてるんですね。三星はぼくがこういうキャラなので進めてたほうなんですけれど、聞けば実はまだ母親が帳簿を付けていて全部手書きなんですとか、昔ながらのやり方をされている所も多いんです」

担い手を育成するには若い人の給料を増やさなければなりません。それには労働生産性を上げる必要があります。DX化による業務の効率化は重要課題ですが、DX人材は大手も取れなくて困っている。工場をオープンにして資料を見せあい、各社が同じようなことをやっているのがわかった結果、参加企業間でDXの知見を共有する動きが生まれてきます。

「ぼくらは『ひつじDX』と呼んでいるんですが、生産や販売とかって本業に近い部分は簡単じゃないので、まず問題を共有し中長期に投資していきましょうと。それで生産管理システムを来年から共同開発する予定です。今まで各社がそれぞれベンダーに頼んでいましたが一緒に作ったら一社の値段で済みますよね。短期的には、帳簿管理のような部分は個性なんてなくていいですが、実際DX化するとなると悩みます。そういうとき、各社の担当者同士が相談できるよう、スラックやメッセンジャーで情報共有できるようにしました。これはオープンファクトリーがあったからこそ実現したことです」

オープンファクトリーの見学者用に、工場の壁には織機の歴史を説明する展示が貼られています。

ゆるくつながることで新しい事業者間のコミュニティを生み出したひつじサミットですが、岩田さんはどのようなイメージを持っていたのでしょうか?

「最初、ひつじサミットを組合のおじさま達に話したとき、岩田くんこういうのは継続が大事だぞと言われました。協賛してくれる人に言葉を返すのもあれなんですが、まだ1回もやってないことを、2回3回やるって約束はできませんと答えたんですね。やってみて、あんまり意味がなかったらやめたほうがいいじゃないですか。今日、ぼくはデートに誘いに来ただけなんですと。付き合ってくれとか結婚してくれとは言ってませんという話をして。1回デートして楽しかったらまたデートしてみて、よかったら付き合おう、これは会社でいうと一緒に事業をやろうってことだし、もしかすると結婚=企業統合という未来があるかもしれない。今後、そのように発展するかももしれないけど、今日はデートしか誘ってませんと」

三星毛糸の敷地内で飼育されている羊が顔を出してくれた。

1回目のひつじサミットで出来ることはやりきり結果にも満足した岩田さんは、終わってもよいと考えます。

「本音ではこれでいいかなと思ってたんです。アンケートを見たら、参加した人たちから、ウールがこんなに良いものだと初めて知ったとか。子供の教育になったとか喜んでくださってて、もちろんそれも嬉しかったんですが、想定外だったのは職人の声だったんですね。ぼくたち後継ぎがこういうこと始めるとき、恐れるのはお客さんが来ないことより、社員にしらけられることなんです。またボンボンがわけわかんないこと言い出したぞと思われるのが一番怖い。それでやってみたら、ぼくたちが勝手に寡黙で口下手だと思ってた職人が、お客さんから、『これどうやってやるんですか?』とか、『すごいですね』なんて話しかけられると、嬉しそうに説明を始めるってシーンが尾州中で見られて。社員からも今度いつやるんですかと聞かれたり、次はこんなことやりましょうなんて言葉を耳にすると、もう一回やらないといけないなと。それで今年3回目って感じなんです」

運営の代表を務めた岩田さん、2回目からは宮田さんと伴さんに代表を譲り、自身は副代表となりサポートに回ります。

「ひつじサミットをやってよかったと感じたのは人間的に成長できたところなんです。誰が1番得したかというと代表を務めたぼくなんじゃないかと。後継っていうのは、無条件でリーダーになれちゃいますが、本当は困難に立ち向かい、解決し、チームを作っていくリーダーシップの経験を積むべきなんです。だけど、後継として家業に入るとどうしたって色眼鏡がつく。だから、ひつじサミットには、後継たちが真のリーダーシップ経験する場という要素もあると思っています」

3回目となる今年も別の後継ぎが実行委員長をつとめていますが、岩田さんは後継ぎは血だけでなく、尾州産地の物語を紡いでくれる人だと言います。

「単に企業や事業の後継者ということではなく、会社の志を引き継ぎ、地域のストーリーを続けていく。ひつじサミットが、そんな意志を持つ人を育てる場所になれば、地域全体の成長につながっていくと思っています」

尾州に生まれたひつじをめぐる冒険の物語。今年の「ひつじサミット尾州」は今週末(10月28日・29日)に開催されます。

MITSUBOSHI1887のメリノウールロングスリーブTシャツ 2023
「23時間を快適に」というコンセプトで作られた、一年中いつでも使えるライトウェイトのメリノウール製Tシャツ。夏は一枚で、冬はインナーに。ウールの温度調節性や吸湿性、抗菌防臭性といった機能性はもちろん、ソフトな肌触りと防縮加工がかけられており家庭用洗濯機で洗えるイージーケアが人気。胸のポケット付きも人気の一因だとか。2万円。

MITSUBOSHI1887のダブルリッチシルクストールS
人間の肌にもっとも近いと言われるシルクを起毛した極上の触り心地のストール。経糸にウールを使い、天然の調温&調湿機能で快適さをプラス。表裏のバイカラーでどんな着こなしにも合わせやすい。2万4000円。

「ひつじサミット尾州 2023」は10月28日(土)・29日(日)に開催!
(※11月3日追記 今年も大好評のうちに閉幕した「ひつじサミット」ですが、早くも来年の開催が決定したそう。今年行けなかったという方はぜひチェックを!!)
詳しくはこちら ⇒https://hitsuji.fun/

(問)MITSUBOSHI1887
https://www.mitsuboshi1887.com

※表示価格は税込みです


写真/中島真美 文/森田哲徳

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