令和ロマン・髙比良くるまに聞く! 舞台で“革靴とジャケット”をまとう理由
なぜ、男たちは今なお“革靴とジャケット”を身にまとうのでしょうか? 働く服装がグッと自由になった現代において、スニーカーに比べたら歩きにくい“革靴”と、スウェットに比べたら動きにくい“ジャケット”は、合理的とはいいづらいもの。
“革靴とジャケット”のイメージが強い漫才師だって、最近は衣装も様々。一挙一動が注目される職業ゆえ動きやすくてナンボですし、面白ければなんだっていいはずですから。
でも、それでもなお“革靴とジャケット”をまとって舞台に上がる漫才師は根強く存在します。いったい彼らはなぜそのスタイルを貫くのか? 次の舞台に向かうまでの束の間に、革靴を磨きながらお話を伺いました。
今回のゲストは、令和ロマンの髙比良くるまさん
M-1グランプリ準決勝進出2回・ABCお笑いグランプリ準優勝などなど、輝かしい経歴に彩られた若手漫才師の期待の星。相方の松井ケムリさんと共に慶應義塾大学の出身という、高学歴コンビとしても知られる。東京都出身。吉本興業所属。
髙比良くるまが、舞台衣装にこだわる理由とは?
M-1グランプリ2023、優勝候補。そう言っても差し支えないでしょう。

NSC(吉本総合芸能学院。吉本興業によるお笑い芸人の養成所)東京校を首席で卒業。数々の賞レースでも結果を残し、テレビやネット番組の出演も確実に増やしている令和ロマン。そのボケを担当する髙比良くるまさんは、若手芸人きっての頭脳派としても認知されています。
そんなくるまさんに、自身の舞台衣装へのこだわりと、衣装が漫才に果たす役割について伺いました。ともすると漫才師のエリートと目されるくるまさんから発せられた、意外な自己認識とは?
ひと目で「ボケ」と分かるように、ひと癖ある衣装を選ぶ

——この連載では、ジャケットと革靴をまとって舞台に立つ漫才師の方に、舞台衣装にかけるこだわりを伺っています。くるまさんは衣装を1つに固定していないようですが、その中で選んだ今日の衣装を簡単にご紹介いただけますか?
まず、ジャケットとパンツはユナイテッドトウキョウのものです。昨年のM-1の敗者復活戦でも同じブランドのダブルのジャケットを着ていましたね。「ユナイテッドトウキョウってこんなのも出すんだ」って思うようなすごく攻めているラインがあって、そのラインのものが個人的にすごく合うんですよ。
今年のM-1はこの衣装で勝負しようと思っていて。今日は取材の後にM-1の2回戦が控えているので、持ってきました。
——今日磨いてもらう革靴はどこのものでしょう?
革靴はそんなに種類は持っていないんですけど、今日は伊勢丹で買ったジョセフ チーニー。僕はモノのストーリーに弱くて、ジョセフ チーニーの創業家がプラダからブランドを買い戻したっていうエピソードが好きで、その反骨精神に惹かれて買っちゃいました。ウィングチップの装飾も特徴的だし、いいな~と。

——シャツも素敵ですね。
シャツはまだ決め切れていないんですよね。昔、日本ダービーで20万円くらい勝ったときに、麻布テーラーでスーツとシャツを仕立てたことがあるんです。大学の同期がそこで働き始めたばかりで、彼へのご祝儀がてら裏地をいいものにしたりとか、カスタムしまくったんですけど、その時のシャツをいまだに着ています。芸名にちなみ、袖口に車の形をしたカフスボタンをつけているのも小さなこだわりです。
あと、ラペルピンは慶應義塾大学の校章。3年通って結局自主退学したので……、中退を示すべく、あえて斜めに取り付けています。


——くるまさんは、いわゆる漫才師の正装と言うべき「スーツ」を舞台衣装にすることが多いですよね。
スーツだけど、ビジネススーツっぽくないものを選んでいます。僕は割と脚が細いので、細身のモードっぽいデザインのスーツを着ると、舞台衣装として見たときにちょうど良い不気味さが出る気がするんですよね。他にも、基本的にオーダーメイドではなく既製品のものを着るようにしていて、その中でちょっと変だなって違和感を覚えるかどうかも大事なポイントです。
今日の衣装だと肩にボリュームがあったり、裾にボタンがあったりするのが面白いと思うんですよね。ちょっと変わってるんだけど、変すぎない。お客さんに「なんか変なことを言いそうだな〜」って思わせるムードというか、ボケの人だって伝わる要素が欲しいんです。


——確かに、相方のケムリさんと並ぶと、くるまさんがボケだというのはすぐに伝わる気がします。
僕がボケって分かりづらい見た目をしているので、そう言ってもらえるとありがたいです。僕は人相が割と悪いので、眼鏡を外して、髪が短い状態だと「ボケってわかんない」って言われてることがけっこう多いんですよ。メガネをかけて髪を伸ばして、ちょっと変なスーツを着ているのも、すべてはボケって分かってもらうためです。

——スーツやセットアップを漫才の舞台衣装にするのは、アマチュアとして慶應義塾大学でお笑いをやっていた時から変わらないですよね。
ただ、スーツを着ているとすごく漫才師っぽく見られるんでけど、僕は当時も今も自身の性根はコント師だと思ってるんですよね。大学のお笑いサークルでコンビやグループをいくつも並行して組む中でも僕はほとんど全部でコントをやっていたし、コントなのでツッコミとは言わず、リアクションを担当していました。
今の相方は演技が下手すぎてコントができないし、しかもボケるのも得意じゃないから……(笑)。致し方なく僕がボケを担当しているだけという。

——『漫才師』というタイトルのコントを演じるようなスタンスで、漫才をしている感じでしょうか?
そうです、そうです。当時は漫才師という役の衣装みたいな意識でスーツを着ていました。あと、当時の学生お笑い界ではきちんとしたスーツで漫才をしている人があまりいなかったのと、僕の顔も相まってスーツを着るとおじさんくさい感じにも見えたので、その違和感による差別化も狙っていましたね。
スーツは、漫才という文化のコードである

——漫才の場合は自身のパーソナリティを伝えることも衣装な重要な役割だと思います。ボケっぽさを目指すだけなら、もっと変な格好にするという選択肢もあると思うのですが、そうはしなかったんですね。
東京の人間には漫才文化ってあまり馴染みがないんですけど、僕は漫才師の衣装に最低限のコードがあると思っているんです。スーツでシャツでネクタイで、ボケの人は華やかな衣装、ツッコミの人は説得力を増す衣装を着るっていうベースですね。
その上で自分のキャラクターに合わせて調節していくってのが大事なのではないかと。舞台衣装をTシャツにして一番カジュアルなところから攻めちゃう若手とかもいますけど、僕は極力フォーマルから引き算していくものだと思ってます。
——むしろフォーマルが基本であるべき、というのは興味深いですね。
もちろん、なるべくドレスアップした方が良いんですよ。でもそれだと面白さが伝わらない人が、これを引いてみようあれを引いてみようってするしかないだけの話で。例えばアインシュタインさんなんてすごくかっこいいスーツを着てらっしゃいますけど、稲田さんってどう見ても面白いし、どう見てもボケてるじゃないですか(笑)。
一方で令和ロマンがコンビで揃いのキチッとしたスーツを着てしまうと、お笑いファン以外の方たちが見た時に、どっちがボケか分からないんですよね。それはやっぱりマイナスなんです。お客さんの笑いの初速が一歩遅れてしまうので。

——くるまさんは東京の出身で漫才の文化に馴染みがないにもかかわらず、まず漫才のコードを抑えようという発想になったのが驚きです。
極論を言えば漫才って関西のものだし、もっと言えば吉本のものだと思うんですよ。だから吉本で漫才をやる上では王道というか、コードを守った方がいい。別に吉本以外の事務所だったら、好きにやってもいいと思いますけどね。
吉本の漫才師って、大御所になればなるほどめちゃくちゃオシャレなんですよ。ザ・ぼんち師匠とか一番オシャレだと思います。漫才師でアイビーとかを着たのも、ザ・ぼんち師匠が初めてなんじゃないですか? それこそ師匠にBeginに出てもらいたいですよ。
——ぜひ、ご登場いただきたいですね(笑)。
漫才師ごとに哲学はあるのは大前提として、極論、漫才って会話をしているだけの芸じゃないですか。ただの会話にけっこうなお金払ってもらって、NGK(なんばグランド花月。吉本興業の劇場で、漫才・お笑いの殿堂と称される)なりでお客さんに見てもらうってなったときに、どこか日常とは少し違うところがないといけないと思うんです。
でも、非日常まではいかないのが大事なところで。そのハレの役割を担う1つが、スーツという舞台衣装だと思っています。

——ショーアップとしてのスーツでもあるんですね。
そうなんです。ただ、逆にドレスダウンした方がいいこともあるのが難しいところで(笑)。テレビで超売れっ子の方がルミネとかの劇場に出る際にキメッキメの衣装だと、圧が強すぎる可能性があって。ゆえに親しみやすさを狙ってあえてラフな格好で出ることもあるんですよ。
『人は見た目が9割』って本がありますけど、お笑いも舞台に出てきた時にどう思われるかがかなり大事で、そこで失敗すると内容で挽回できる部分はそんなに多くないんですよ。お笑いファンは「お笑い」が好きだからネタの内容で見てくれますけど、ぶっちゃけた話、地方の営業とかでは知名度がほぼすべてですから。
——知らないやつが出てきて、なおかつイマイチな身なりをしていたら……。
最悪ですよ。マイナスからのスタートもいいところです(笑)。僕もNGKとかに出させてもらっていろいろ考えた結果、この衣装に行き着いていますから。
ボケっぽい方がいいかなとか悩みながら毎回衣装を変えながら出ていた時に、吉本の社員さんにも相談してあえて若手っぽくスニーカーでTシャツにしたこともあるんです。けど、その時はもうお客さんの空気が明らかに違ったんですよね。「なんか面白い服着てるなあ」と隣の方と雑談しちゃうお客さんとかもいたくらいで。

——M-1の影響もあって漫才は革新性が良しとされる表現だと思いがちですが、思いのほか文脈が重視される、トラディショナルな笑いでもあるんですね。
確かに漫才って、新しさも大事なんです。以前勝手に、「全部の芸術ランキング」みたいなものを考えたことがあるんですけど、漫才は花火の次くらいに脆いんじゃないかなと(笑)。音楽とかと違って再演性が極端に低くて、何回も同じネタができない。久しぶりに見たネタを嬉しく思うことはあるかもしれないけど、初見のようには絶対に笑えないですから。
昔のネタを、その当時のスーツやヘアスタイルの雰囲気でやっても、エモさに繋がらないのが漫才なんですよ。アイドルだったら80年代当時の聖子ちゃんを今見てもかわいいと思うかもしれないけど、漫才はそうじゃないんで。だからなんか常にコードを意識しつつも、その時その時に合わせた服装にする必要があるというか……。そういう見せ方を意識しないと、漫才って簡単に壊れちゃうんですよね。

嘘と本当の境界線に漫才のワクワク感がある
——ここまで漫才について思い入れを持つくるまさんが、自身をコント師と捉えていて、生粋の漫才師だと思っていないのは驚きです。
漫才師としての適性がないんですよ。ファッションの素材で言ったら、僕は使い込むごとに味が出てくるレザーじゃない。漫才師って、例えばオードリーの若林さんみたいに、自分の中に溜まっている感情があって、思想があって、それに下積みの苦労とかが乗っかって、そうした塊を磨いて味が出てくる人が向いていると思うんですよ。
僕はそういうのがないし、ミーハーだし……なんか、僕は経年変化が楽しめない最新の素材なんです。

——経年変化という表現は、とてもよく分かります。舞台の場数をたくさん踏まれた漫才師の方が出す味ってありますよね。
やっぱり師匠とか先輩方と比べると、若手の10年目までなんて厳密にはまだ誰も漫才師とは言えないですからね。僕みたいな若手は漫才中に発している言葉と自分にズレがないから、味がない。
例えば僕みたいな30歳くらいの人間が、「彼女が欲しい」とか「芸人やってなかったらこれやってた」みたいな入りをした時に、別に違和感がないじゃないですか? そんな年齢や芸歴じゃなくなってから、そういうことを言ったときに生まれる違和感がたまらないというか……。
——漫才は、話す言葉の内容だけではなく、話す人の人となりも乗っかってくる。
師匠と呼ばれる人の漫才を見て、みんな「今さら野球選手になりたいわけねえだろ(笑)」と思って見るわけです。けど、どこかに嘘なのか本当なのか判然としないワクワク感もあって……わざとらしさもあるんですけど、なんか1個、美しいみたいなところがある。その「あー、漫才をしている!」っていう感じがもうたまらないですよね(笑)。
たぶん僕が今喋る言葉って、嘘と本当がはっきりしちゃっていて味がないんですよ。嘘と本当の境界線みたいな音と内容で喋れるようになってようやく、自分自身を漫才師だと思えるんじゃないですかね。そんな風に自分の中で「自分は漫才師じゃない」みたいな思いもあるんで、そこをちょっと隠すような衣装を僕は選んでいるのかもしれないですね。
靴磨き終了!


——革靴、ピカピカになりましたね。
いやもう最高です。やっぱりプロは素晴らしいですね。ありがとうございます! ピカピカにしてもらった靴でそのままM-1を戦えるのは、最高ですね。

——M-1の追い風になりそうですか?
めちゃくちゃ追い風になりますよ! 衣装は鏡を見ないと自分で隅々まで見られないですけど、靴とか時計って全体を見られるから、ピカピカだとすごくテンションに影響しますよね。自分視点のオシャレと他人視点のオシャレの違いと言うか。
いやー、靴が光ってるって、やっぱいいですね。今日の予選で、僕が一番美しい革靴を履いていると思いますよ。間違いないですね。
撮影協力/千葉スペシャル 丸の内店
水拭きを基本とした独自の靴磨きメソッドで人気を博す、靴磨き専門店。所要時間約10分で1500円(!)という圧倒的コストパフォーマンスも相まって、革靴を愛する男たちの心を掴んで離さない。
住所:東京都千代田区丸の内1-3-4 丸の内テラス B1F
電話番号:090-3502-5469
写真/武蔵俊介 文/あすなろ組