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Oct-24-2023

湯治文化を今に継承する「旅館大沼」の“現代湯治”とは?

「旅館大沼」離れの貸切露天「母里の湯」。自家源泉は重曹成分のみが特出している純重曹泉という泉質で、全国でも数少ない貴重な泉質。

東京から東北新幹線と在来線を乗り継いで約3時間。今も昔も老若男女が心身の癒しを求めて訪れる温泉地があります。飯坂温泉や秋保温泉とともに、奥州三名湯に数えられる鳴子温泉郷は、滔々と湧き上がる豊かな湯をもつ湯治場として長きにわたって栄えてきました。山形県と秋田県に隣接する鳴子温泉郷は、森林が約90%の山間地で、鳴子火山の活動によってできたカルデラにあります。地熱がものすごく、温泉らしい硫黄の匂いが立ち込める町、鳴子は、古くから病気療養や傷の平癒のために日本各地から人々が訪れ、ちょっとした骨休めはもちろん、長逗留の客も多い地域でした。

 

 

国内11種の泉質のうち、実に9種類が集まっているのが鳴子温泉郷の特徴と言われ、「西の別府、東の鳴子」と評されるほど、豊かな湯量と泉質を誇る湯治場として知られてきました。心と体の健康に対する重要性の意識が高まっている今、鳴子温泉郷でちょっと話題の湯治宿「旅館大沼」をご存じでしょうか?

玄関先で出迎えてくれた旅館大沼の5代目湯守、大沼伸治さん

かつて、近県の農民や漁民が農漁閑期に鳴子に赴き、湯治を行っていたという旅館大沼は、120年ほどの歴史を持つ湯治宿。戦後の高度成長期、あふれかえる湯治客で大きな賑わいを見せていた鳴子の街も、バブル崩壊、失われ続けた時代を経て、衰退の一途を辿ることに。そんな鳴子を蘇らせようと、“現代湯治”なる湯治文化を唱え、全国各地から観光客を集めているのが、旅館大沼の5代目湯守、大沼伸治さん。大沼さんの提唱する“現代湯治”とは一体どのようなものなのか?

Columnそもそも「湯治(とうじ)」とは?
温泉地に長く滞在して、病気を治したり体調を整えたりすること。本来の湯治は日帰りや日数の短い温泉旅行とは違い、数週間から1ヶ月以上を温泉地で過ごし、心身ともにリフレッシュするもの。医学が発展していなかった昔は、温泉に入って病を治し、合戦などで傷ついた身体を癒していたと言われている。湯治は一部の権力者のみが行えることで、豊臣秀吉が有馬温泉に通っていたなどの話は有名。その後、一般の庶民に湯治の文化が広まったのは、江戸時代に入ってから。農業や漁業の閑散期に、温泉地に家族で転地して大衆が湯治を行っていた。

 

#まずは23日から、「現代湯治」で心身をリラックス!

「日常に余裕を欠き、忙しい時代を生きる現代人にこそ、湯治は必要なのだと思います。忙しい日常から離れ、温泉という大地のエネルギーを宿した湯にゆっくり浸かりながら、自分と向き合うことで、心身が癒やされていきます。それが、昔のような23週間を要するような自炊湯治ではなくとも、食事を供する23日からの“現代湯治”です。1泊では自分の中に余白を作ることはなかなか難しいかもしれませんが、中1日、何もせず自分の時間を過ごすだけでも、心のベクトルが自分の内側に向いていくのを感じることができるのです」

 

旅館大沼の大浴場は「薬師千人風呂」という混浴風呂は、女性専用の時間帯が夜に設けられている。脱衣所もお風呂への入り口も男女は別々。

湯治とは、温泉に浴して病気を治療することですが、最近の傾向として、病気治療に限らず、特に女性を中心に若い人たちが湯治場に訪れているそう。身体の不調も多少あるのでしょうが、若い人たちにとっては、精神的な安定、リラックス効果を狙って滞在している人が多いそう。現代の「湯治」には、“カラダ”だけではなくて“ココロ”も治す意味が含まれているようです。

「温泉は、大地が生み出す天然の恵みの水ですから、我々には計り知れない大きな力が宿っています。温泉に浸かることで、温熱、水圧、浮力効果などが相まって、さまざまな刺激がカラダに伝わります。それによって、血流が活発になって新陳代謝がよくなり、デトックス効果も表れ、結果、免疫機能を整えることができるのです。最近ですと若い女性の一人旅や4050代ビジネスマンが一人でいらっしゃってリモートワークなどをされている方も増えています。繰り返し温泉に入りながら、身体を温めていく間に、心身がゆっくりと整っていくのです」

つまり、昔の農閑期の湯治というスタイルから、現代版は、ストレスや生活習慣病対策としての湯治スタイルに変わりつつあるようです。これがいわゆる“現代湯治”と言われる今の時代に即した旅のスタイル。取材当日も、イベントに参加しながら湯治とワーケーションを楽しむ東京からきたお客様もいました。

 

#湯治文化の主役は「温泉」だったことを再認識

今でこそ、首都圏を中心に、宮城県をはじめとした近県からの湯治客で賑わう旅館大沼ですが、ここまでの道のりはそう平坦なものではありませんでした。今から30年ほど前、家業を継ぐために修行先から地元へ戻って来た大沼さんを待ち受けていたのは、荒廃した鳴子の温泉街。さらに、家業である温泉宿への危機感でした。衰退する状況を立て直し、何より自分の故郷を誇れるものにしたいという思いが、現在の旅館大沼を形づくる原動力となったそう。

「八方ふさがりだった当時の私に一つの素朴な疑問が浮かびました。それは『大沼旅館はなぜ百年も続いてきたのか? 何が良くてお客さまが長い間支持して下さったのか?』という疑問でした。その時、私の頭にとっさに浮かんだ答えが“温泉”でした。それまでは私にとって温泉はあって当たり前なもの、旅館というのはそれこそ、温泉以外の豪華な施設だとか、贅沢な料理だとか、そういった様々な付加価値を付け足してはじめてお客さんからお金をもらうものだと考えていたのです」

このエリアだけでも、実に400本以上もの源泉を持つ東日本でも最大級の湯量を誇る鳴子温泉郷。湯治宿一軒あたり、23本の源泉を持つのは当たり前で、旅館大沼でも2本の源泉を持っています。「旅館大沼にはいい温泉があったから、一世紀もの長い間人々に愛されてきたんだ」。この答えは大沼さんにとって、まさに目からウロコの発想。一番身近にあって一番大事な「温泉」というキーワードに気がついた大沼さんは、その後、様々な試みにチャレンジしていきました。

#湯治というOSに乗せるアプリを考える「温泉X

湯治宿が元気を無くすなか、もう一度、湯治場の町を盛り立てて湯治客に来てもらいたいと考えた大沼さんは、ある行動を起こすことに。

 

「衰退の一途をたどる湯治場においては、宿単体というよりも、町全体が垣根を越えてひとつになって盛り立ててゆかなければならないと考えました。そのためには鳴子を訪れてくれる観光客と住民を含めた地域交流、さらには、それをきっかけとしたコミュニティの形成が欠かせないと思ったのです。社会が複雑化して、人間関係も複雑になっている今の時代にこそ、都市部で生活する人々にとって、昔の湯治場のような“サードプレイス”が必要であり、そこでの交流を含めたコミュニティがもたらす寛ぎの時間こそが、今の時代に求められる湯治の在り方なのだと思います」

これらの考えが、温泉というキーワードをベースに、様々な体験を掛け合わせる試み「温泉X」へとつながって行きました。街全体を巻き込んでインスタレーションを行なったという「温泉×現代アート」、リモートワークの合間に温泉に浸かれる「温泉×ワーケーション」、「温泉×睡眠」、「温泉×焚き火」などなど、温泉との掛け算体験は無限の広がりをみせます。

#巡り巡って今、再び時代にフィットした「〇〇風呂」

日本にあるほとんどの温泉施設は、男湯と女湯に分かれていますが、今の時代、男女という2つの身体的な性による分類が、快適な滞在を妨げてしまうケースが多いのも事実。性的マイノリティと温泉は、切っても切れない関係にあり、宗教上の理由により人前で肌を晒せない人や、傷跡など見た目が理由で人前で裸になりにくい人もいます。

「人目が気になってこれまで温泉に入りにくかった人も“貸切風呂”なら快適に温泉を楽しむことができると思います。家族経営が多い、この辺の小規模な湯治宿ならではの家族風呂は、まさにジェンダーフリーの空間と言えるのかも知れません。しかも、追加料金がなく、空いていればいつでも無料でご使用いただけます。うちの宿でも、8つの風呂のうち、5つが貸切風呂で4つが無料。特別扱いや気遣いはいりません。もちろん、人目が気になる理由を説明する必要もなく、ただ温泉に入りたくなったら、貸切風呂にタオルをもって行くだけでいいんです

カップルや夫婦でも一緒に入浴できることから、近年多くの旅館で導入が進んでいる貸切風呂ですが、ここ鳴子温泉の湯治宿は、一軒あたりの貸切風呂の数が非常に多く、何より無料で利用できるところがポイント。かつて湯治文化の中で親しまれてきた鳴子温泉の家族風呂は、時代を経る中で、巡り巡って今、再び注目されるキラーコンテンツの一つになったのです。

疲れを感じると「温泉に入りたい」と思う日本人は多いものですが、その温泉の効能、本当に活かせていたのか? いまこそ、心と体、両方に効く“現代湯治”で、温泉をもっと深く知る滞在をしてみてはいかがでしょうか。温泉はもちろん、きれいな景色を眺めたり、地元の人と笑顔で触れ合ったり、新しい体験をしたりすることも療養のひとつ。できるだけ日常を離れ、遠出することでその効果はより一層高まるはずです。この秋こそ、明日への活力をチャージする現代湯治を求める宮城旅へ!

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百年ゆ宿 旅館大沼
宮城県大崎市鳴子温泉字赤湯34
TEL:0229-83-3052(代) https://www.ohnuma.co.jp

 


写真/樗澤広樹(編集部)、大沼旅館 取材・文/伊澤一臣

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