【ワークウェルな人】ビームスで特別に副業していた稀人は「マクラメ作家」だった⁉
「SUKI」を諦めない“workwell”な人
狭山丘陵の豊かな自然を感じながらも、新宿から1時間以内の通勤圏にあることから、ベットタウンとしても人気の東大和市。
JR拝島線東大和市駅から車で15分ほど走ると、狭山緑地に隣接するように連なる住宅地に入る。お洒落な戸建の賃貸住宅が立ち並ぶ一角の駐車場の前に差し掛かったところで、小野さんが出迎えてくれた。
「おはようございます。今日は、遠いところわざわざありがとうございます」と、かなりの長身で長い顎髭を蓄え、民族衣装を思わせる何とも個性豊かな装いで挨拶をしてくれた小野さん。話せばおおらかな人柄が伝わってくるけれど、黙っていると相当な迫力だ。
「この辺一帯には公園や緑地が広がっていて、首都圏を代表する豊かな自然環境が残されているんです。爽やかな鳥のさえずりで目覚める気持ちの良い朝を知ってしまったら、あのビクッとする不快な電子音の目覚まし時計にもどることなどは考えられません(笑)」
鳥の声で起こしてもらえるなんて、なんて素敵な朝なんだと思う。そう話す小野さんは、セレクトショップのビームス原宿本社に勤務しながらも、マクラメ作家という肩書を持つ。現在、「ビームス プラネッツ」に所属している小野さんは、世界中のヒトやモノを繋げ、オリジナリティあふれる商品を生み出し続け、その魅力をストーリーとともに大切にお客様へと届けている。
早速、この辺でマクラメの説明に入りたい。マクラメの作業場兼自宅へと案内してくれた。
マクラメとは、ロープや紐を使い結び目で模様を作る技法。
モダンなアートや民芸調のオブジェなど、古いものとモダンなものが渾然一体となった独特の雰囲気を醸し出すインテリア。とてもセンスが良く、丁寧な暮らしぶりがうかがえた。なかでも目を引いたのが、ところ狭しと並んでいる丸くて大きな壺の数々。


「大分県日田市の山間、皿山を中心とする小鹿田地区で焼かれている民芸陶器の『小鹿田焼』(おんたやき)にハマっていまして(笑)。民芸なので、実用性のある生活道具が中心で、食器類も実際に使っていますが、壺ばかり買い集めていた時期もありました。ここは、金属製の薄いヘラで付けた削り模様や、幾何学的模様が特徴的なんです。足で回すろくろから生み出されますので、丸みのある温かい表情がなんとも言えず、見ているだけでも落ち着きませんか。現在、9軒の窯元全員でこの小鹿田焼を作っていますが、小鹿田焼は地域ブランドなので、作品には窯元名は入れないのが特徴なんですよ」
多くの民芸やアート作品に触れて、自分に刺激を与えて作家活動に勤しむ小野さんはやはり面白い。

ひとつの“いいね”が人生を変える!?

「もともと、ビームスのロジスティクス部に所属していましたが、今年の春にオリジナルレーベルの一つ、『ビームス プラネッツ』に転属になりました。少人数精鋭の部隊ですから、商品のバイイングからMD、VMD、イベントの企画に至るまで、慣れないながらも一連の業務を一手に担当しています。作家活動をしているとは言っても、会社員がメインでその活動はあくまで副業なんです」
会社勤めをしながら、どうしてマクラメを作り始めたのか? 働き方や仕事に対する向き合い方なども含めて小野さんに訪ねてみた。
「そもそもマクラメに出会ったきっかけは、10年ほど前に見つけた1枚の写真でした。サンフランシスコにあるジェネラルストアというセレクトショップが気になって、インスタグラムをフォローしていたんです。そうしたら、オーナー夫妻の自宅に飾られた壁飾りの写真を見つけて、すごく気になって。日本でも同じモノが手に入らないものかと探しはじめたんです」
ジェネラルストアとは、サンフランシスコとロサンゼルスに店舗を構えるセレクトショップ。オーナーのモノ選びのセンスがファンを集めている。そうしたアメリカ西海岸のシーンから、クラフトやアートとしてのマクラメが日本に伝わったという。
「色々と探し回った結果、国内でもいくつか作品を見つけることができました。ところが、いずれも有名アーティストの作品だったこともあって、素敵でしたが、当時の私にはとても手が出せるような価格ではありませんでした。だったら、自分で作ってしまえば良いかなと思って、近くの森から拾い集めてきた流木とホームセンターで購入した園芸用のロープを使って、作ってみたのが始まりです」
そこで諦めずに、自分でマクラメを作ってしまおうって思えるところがまた凄い。
「実は、ビームスには2002年に転職してきました。それまでは、車の整備士として働いていましたから、部品を組み立てたり、分解することには慣れていました。しかも、幼い頃、ボーイスカウトをやっていたので、ロープワークは得意でしたし(笑)。あとは、試行錯誤しながら自宅用に作品を作って、インスタグラムにちょいちょいあげていたりしていました。するとそのうち、それを見た知人たちから『ショップの装飾に使わせて欲しい』と言ったような連絡をもらうようになって。作品を自社のバイヤーに見せに行ったら『これって、もしかしたら売れるんじゃない?』とか、『もう少しマクラメに真剣に取り組んでみたら?』と言っていただけたんです。そんなに気に入ってくれるのだったらと、背中を押されたこともあって、真剣に取り組んでみることしたのが始まりなんです」
マクラメとは言っても、決して突飛なひらめきで始めたわけではなくて、そもそも、モノ作りに対する素養があったこともあり、何となく自然な流れだったのだ。
「マクラメって、紐状のものを結んで模様や形を生み出す技法のことで、確か、ルーツを辿ると古代中東のラクダの紐装飾に行き着くとも言われています。1970年代にはボヘミアンやヒッピー文化を背景に、日本でもファッションやインテリアの装飾としてブームになりました」
マクラメとは、ロープを編むのではなくて、結ぶことで模様や形を作っていく紐装飾のことなのだ。
「マクラメは結ぶので、ちょっと違うんです。一つ一つ結び目を作りながら形をつくっていきます。結び方や力の入れ方、そのバランス次第で形や造形が生まれていくんです。ロープも、3mm、5mmといった具合に、作品によってその太さにを変えたり。正解がありませんからね、自分のイメージに任せて自由に創作できる面白さがあります」



良い意味で予想が裏切られ、思わぬ展開へ
今や誰でも情報発信者になれる時代だ。情報が一番早いのはSNS。小野さんの独創的な作品は、SNS上で話題を呼び、遂に商品化にまで漕ぎ着けることに。
「確か、2016年ごろだったと思いますが、SNSを通じて、ビームス社内の人の目に留まり、まずはビームスで商品化して販売してみようってことになったんです。当時、プラネッツのディレクターからのアドバイスもあって、配属先であったロジスティクス部の本部長にお願いして、ダメ元で役員会の議題に上げていただいたことがありました。ところが、役員会ですんなり承認が降りて、それからトントン拍子に話が進んでしまって、こちらが逆に戸惑ってしまったことを今でもよく覚えています(笑)。」
以前に、ビームスの設楽社長から「好きは努力に勝る」と伺ったことがあったが、どんなことでもいいから、自由な個性を認めてくれる社風が土壌としてあったのだろう。
何かにグッと入っていける人は面白いと、会社も後押ししてくれたに違いない。
「その後、『ビームス プラネッツ』で正式に取り扱いがスタートして、2017年には、『ビームス プラネッツ横浜』で初となる展示販売を開催させていただきました。お陰様でイベントは大盛況、作品は完売でした。それから、現在もグループ内の店舗にて年2回のペースで作品をポップアップ展開させていただいています。レーベル内のECサイトでも展開がありますし、マクラメ作りのワークショップや展示の情報はインスタグラムにて随時発信しています」
その後、2020年には、ビームスでも副業が正式に承認された。
「副業の会社公認第一号って、勝手に言っています(笑)」
領域を横断する働き方から得た大きな学び


会社も副業を正式に承認することになり、あくまでベースはビームスの社員でありながらも、趣味を仕事として、晴れて二足の草鞋を履くことになった小野さん。
「趣味を仕事にしても全然苦にならず、むしろ一緒のほうが生活が充実していくと感じています。ただし、『マクラメ』がいわゆる『仕事』と違うのは、売上ではなく、どれだけ多く人にマクラメ文化の良さを伝えることができるかが、何かを選択するときの判断材料になっていることです」
「僕がマクラメを制作、販売することだけで生計を立てていたら、選べない選択肢を選べるというのはとても重要だと思っています。マクラメという文化を広めるために、ユーザーがより楽しめるために、僕がとるべき行動を選べる。もちろん採算にシビアになる局面もありますが(笑)、ベースとなる行動理念においては、お金に囚われすぎることがないようにしています。まあ、誰よりもマクラメが好きってことですよ(笑)。文化のためにやることが、巡り巡って自分のためにもなっているんです」
なんだか羨ましい。そんなに好きになれるものに出会えるなんて。
「圧倒的に好きなことを持つことは、世界との接点を持つことでもあると思っています。マクラメが好きだからこそ、普段の仕事では出会えない方々とも協業できましたし、様々なコミュニティとも横断的に繋がれました。強烈に好きな何かと出会えるだけで、こんなに人生が楽しく変わるなんて、自分でも本当に驚いています」
両方の仕事に真剣に向き合うことで、自分らしい生き方が実現できる魅力がある。小野さんの中ではビームス社員とマクラメ作家が混然一体となり、互いを高め合っているようだ。チャンスを与えてくれた組織に対してリターンしたいという誠実な気持ちと、活動自体を個人としても楽しみながら続けたいという気持ちの好循環とそのバランスの良さ、それこそが小野さんの『workwell』なのかもしれない。
小野さんが履いた「二足のわらじ」は、元々履いていた「普段の仕事」というわらじに、「面白いことをしたい」というわらじを足し算したということ。
そこには、「普段の仕事」にはない出会いがあり、組織の内でも外でもネットワークが広がり、その結果、自分自身だけでなく、組織自体の価値も増していく。
普段とは違う、面白いと思うことを、今の組織や生活の中でちょっと始めてみる。いま世の中がどうなっていくかが見えにくい時代だからこそ、少し勇気を出して、新たな一歩を踏み出していこうとする姿勢が大事なのではないか。パラレルキャリアを実践する小野さんから、改めてそれを学んだような気がした。




問い合わせ先/ビームス プラネッツ https://www.beams.co.jp/beamsplanets/
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撮影/久保田彩子 文/伊澤一臣