時代のニーズや変化に応えた優れモノが日々誕生しています。心踊る進化を遂げたアイテムはどのようにして生み出されたのか?「ビギニン」は、そんな前代未聞の優れモノを”Beginした人”を訪ね、深層に迫る企画です。
福岡県南部に位置している八女市。八女市はお茶どころとして有名ですが、電照菊やいちごの有名ブランド「あまおう」などの農作物も全国に届けています。農作物だけではなく、仏壇や手すき和紙などの伝統工芸品の産地としても知られています。伝統工芸品である和紙の生産を行いながら、新規事業として農業に挑戦し国産ハーブティーの製造から販売まで一貫して行うことに成功したのが今回紹介するビギニンです。
今回のビギニン
中村園 代表 中村健一さん
1972年生まれ。八女市出身。九州大学大学院工学研究院 機械工学専攻。1998年通商産業省(現経済産業省)に入省。官僚としてテキサス大学オースチン校大学院にて技術経営学について学ぶ。在学中に行われた起業コンテストにて植物を使った事業(体に悪影響を及ぼす土中の重金属を除去する技術)の起業について発表し見事優勝。2007年に家業である中村製紙所へ、2011年に社長就任後、中村園を設立。2016年から農業に参入した。
Idea:
地方の可能性を広げるため八女で新規事業の立ち上げを決意
学生時代から地方創生について興味があったと語る中村さん。「これからの時代は、地方と中小企業をもっと大切にしなければいけない」とずっと考えていたそうです。地域活性化のために地元八女で新規事業の立ち上げを行うと決めた中村さんがまず最初に行ったことは、役人になることでした。
「地方の可能性を広げるためにはまず最初に国がどのような政策を行っているのかを知る必要がある」との考えから通商産業省(現在の経済産業省)に入省。最初から「役人は10年まで」と決めていたこともあり9年半で退職します。
そして八女に戻り家業である製紙業を率いながら新規事業の立ち上げに関する構想を練り始めるのです。

新規事業の候補として最初に思いついたことは2つ。農業とIT産業でした。2007年当時、農業とITを比較するとITのほうが将来性が高いようにも感じましたが、八女でITを始めようと思っても肝心な人材を見つけることが難しく現実味がないと感じたそうです。
一方、農業に関しては将来的に世界人口がどのように推移していくのかの統計を見て、将来性と事業化の成功確率が高いのではないかと中村さんは考えました。

そして新規事業を選ぶ上で欠かせない条件となったのが、自社の周辺事業ではなく、”飛び地”事業であること。既存事業である製紙業と遠い事業であればあるほど相乗効果が見込めると考えました。
農業は、家業の製紙業から見るとかなりの”飛び地”事業ではありますが、一方で八女という地域の視点から見ると主要産業。ノウハウも蓄積され、流通網も整っています。新規事業として展開するにはふさわしいことに気づいたのです。勝負することを決意、中村園を設立しました。
では一体何を作るのか。真っ先に中村さんの頭に浮かんだのが生薬でした。予防医学の将来性を見据えて「生薬や漢方をやってみたい」。しかし当時、農業に関しての知識はゼロ。生薬や漢方に関係するコネやツテもありません。

「農業初心者が、どうしたら生薬や漢方に辿り着くんだろう」
考え抜いて見えてきたのが、目の前に広がるお茶畑でした。
「お茶ならもしかしたらできるかもしれない。まずはお茶からスタートしてみよう」
そう思い、お茶畑を購入。作ったお茶を持って東京のお茶屋さんへ飛び込み営業を行いました。八女茶の飛び込み営業が少なかったため喜んで購入してもらったそうですが、当時のお茶業界の売上は右肩下がり。急須を使ってお茶を淹れるよりも、手軽に飲むことができるペットボトルのお茶のほうが求められるという厳しい現実に直面していました。
Trigger:
安心安全なミント緑茶を届けるためにハーブ栽培をスタート
ペットボトルのお茶に勝つためにはどうしたら良いのか。活路を見出したのは「ミント緑茶」でした。当時はお茶にハーブ(ミント)を混ぜたミント緑茶はあまり流通していなかったのです。
「珍しいミント緑茶を作れば、もしかしたら置いてくれるかもしれない。お茶のパッケージはどうしても緑に寄っていってしまうことがありますが、ミント緑茶ならもっと自由なパッケージで売り出すことができる。とにかく5種類のパッケージを作ろう」
そう考えた中村さんは、さっそく5種類のパッケージを作り東京や大阪での販売をスタートさせます。
「あの頃は、八女茶はちゃんとした美味しいお茶なのにミントなんか混ぜるんじゃない!って、地元では相当怒られましたね。でもそれが中村園のスタートでした」
ハーブティーの製造、販売を行って2年が経過したときに、中村さんはある違和感を感じます。それは輸入していたハーブの品質が一定ではないということ。輸入ハーブはロットによって当たり外れの差が激しく、物によっては使用できない物も含まれていたのだとか。産地の指定もままならず、品質は箱を空けてみなければわからない状況だったと言います。

ロットぶれを防ぐため、グレードの高いハーブを購入できないかと輸入元へ問い合わせますが、もらった回答は「既に質の良いハーブの販売を行っています」でした。
ハーブにはお茶のようなグレードがなく、品質を判断できる基準は「オーガニック」「非オーガニック」の二択だけでした。
「輸入ハーブに頼っていると、これ以上の事業拡大は見込めない。じゃあどうしたらいいか」。中村さんは中村園立ち上げ当初に思い描いていたビジョンを思い出します。
「もし自社でハーブを栽培することができたら、生薬を栽培するという夢に近づくことができるかもしれない。ハーブを育てることは中村園が通らなければいけない道なんだ」
2017年、自社でハーブの生産に取り組むことを決意したのです。
後編:有効成分量が2倍のハーブティーを生んだ独自の技術とは? に続く
ハーブの香りを最大限に引き立たせるために、収穫後すぐに、ハーブの種類、使用用途に応じて細かく設定された独自のレシピで乾燥加工を行う。品質にバラつきが出やすい天日干しに比べ、機械で乾燥させることでハーブに含まれている有効成分が失われにくくなり、香りはもちろん美しい色みも楽しめる。有効成分量が豊富に含まれていることは研究機関によって実証されており、例えばローズマリーに含まれるテルピネオールはイタリア産の約50倍含まれる。素人でもわかる、圧倒的な香りの差を感じるハーブティー。レモングラス、カモミール、ローズマリーなどの14種類ハーブを、シングル、ブレンドで展開。左から、ブラックペパーミント7包入1026円、ペパーミント×八女特上煎茶7包入918円、レモングラス×ローズマリー7包入1026円
(問)中村園
https://shop.nakamura-en.jp/
※表示価格は税込みです
写真/椿原大樹 文/梨木由美