梅雨を間近に控える、これからの時期。ファッション好きには少々厄介な天気が続きます。特に頭を抱えるのが、足元のお洒落ではないでしょうか。「雨の日でも大丈夫!」と謳うシューズは数多ありますが、デザインや素材が限られていて個性を出すのは至難の業。他人と差をつけるなら、ルーツに目を向けてみるというのも一つの手です。
雨靴と聞いて思いを巡らすと、ふと頭をよぎるのが、子供のころはよく履いていた長靴。でも大人になって長靴を履くことはめっきりなくなったな……。成人男子が履いているとすれば、市場などで見かけるズドーンとした太い長靴。脛の中央付近まで覆う長丈が特徴的な、あの長靴です。“濡れない”&“滑らない”に特化したつくりは実用的で、農業、漁業関係者からワークアイテムとして親しまれています。そんな長靴の定番中の定番にしてプロ御用達でもある一足が、もしファッショナブルに履けるとするなら。雨の日のファッション欲も満たされると思いませんか?
今回のビギニンに登場するのは、そんな素敵な妄想を現実に叶えてくれたシューズデザイナー。老舗シューズメーカー「ムーンスター」が2020年SSシーズンにローンチし話題となった「810s(エイトテンス)」のディレクションも務めています。街履きできるレインブーツ「マルケ」の製作ストーリーにご期待ください。
今回のビギニン
株式会社ムーンスター 柴田 将喜
1988年福岡県生まれ。2011年入社。パターン製作、子ども靴のデザイン経験などを積み、国産シューズのデザイナーへ。現在は同社が2020年SSシーズンにローンチした「810s」のMDも務める。趣味は野球観戦。筋金入りの野球好きで知識も豊富。2児の父親でもあり、週末はもっぱら公園で家族サービス。
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デザイナーとして、モノづくり欲が疼き出す
愛知県の大学でプロダクトデザインを学んでいた柴田さん。日本のロングライフデザイン活動家、ナガオカケンメイ氏の「60ビジョン(企業のスタンダードな商品を復刻し売り続けるブランディング活動)」の影響もあり、学生時代から国内生産のモノづくりに興味を持っていました。2008年から約2年間、ムーンスターもその活動に参加しており、地元が近い柴田さんは「ムーンスター」への入社を志します。
「正直に言って、『靴を作りたい!』というよりは、国内で完結できるモノづくりの現場で働きたかったんです。現在で入社11年目。いまでも国内産シューズのデザインに携わっています」。
そもそも「ムーンスター」とは、来年創業150周年を迎える日本有数の総合履物メーカー。ゴム産業が盛んな福岡県久留米市を拠点に、足袋の製造からその歴史をスタートさせました。国内でもごくわずかの工場でしか実現できない、屈強でありながら柔らかなソールを形成することができるヴァルカナイズ製法は同社の代名詞です。
そしてその製法を守り続け、いまも国内の自社工場で生産を続けているところが「ムーンスター」の強み。小学生のとき、月星マークの上履きにお世話になった人も多いのではないでしょうか。昔から私たちの生活に寄り添った製品を作り続けています。
「国内のモノづくりはやりがいが大きいものの、生産の都合上、製法や使用できる素材の範囲が限定されてしまうんです。そのため、なかなか新しいカタチを生み出すことは難しい。デザイナーとしてもっと自由にデザインを楽しみたいという欲求が芽生えはじめていました」。
子ども靴のデザインを担当する部署にいた経験もある柴田さん。デザインへの情熱が高まり、「ロングセラーの軽量スポーツスニーカー『アドバン』を今の時代にあったカタチにアップデートするのはどうか」と、当時の先輩に提案します。すると、「実はこんな構想があるんだよ」と「810s」の情報を入手。「おもしろそうだなぁ」と、企画が形になっていく様子を陰ながらみていました。
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「810s」の製作チームに合流
さて、冒頭から度々登場している「ムーンスター」の新ライン「810s」。コンセプトや誕生のきっかけをおさらいしましょう。まずブランド名は「エイトテンス」と読みます。“腹八分目”という意味があり、機能も顔も、値段も日々にちょうどいいフットウェアを目指した商品を展開しています。
誕生したきっかけは、料理人や看護師など、専門分野で働く方に向けた「ムーンスター」の靴作りのノウハウを財産として活かしていこうと考えたから。2020年SSシーズンにローンチ後、プロ仕様のワークシューズをデイリーユースに昇華させた製品は、業界関係者をはじめ、日本のファッショニスタから多くの反響が寄せられました。
ルーツとなったモデルと一緒に!



また、日本製にフォーカスされがちな「ムーンスター」ですが、実は、そうした職域系シューズのほとんどが中国やベトナム製。手が届きやすい価格で少しでも品質の良い製品をお客様に届ける。海外工場での生産も、1世紀以上に渡り「ムーンスター」が力を入れてきたモノづくりのひとつです。
そのため職域シューズをルーツに再構築する「810s」の製品も全て海外工場での生産。ですが、日本製と負けず劣らずのクオリティの高さが評価され、感度の高い世界中のセレクトショップで取り扱われています。「810s」は「ムーンスター」のアナザーサイドを広く発信する役割も果たしているんです。

「ムーンスター」のポテンシャルの高さを、それまでとは違うカタチで表現できないか。そう奮起した「810s」の立案者と、2018年、人事異動により同じ部署となった柴田さん。「810s」事業も同部署の管轄となり、柴田さんは図らずとも「810s」と急接近することに。それから1年後、初めて「810s」製品を手がけるチャンスが巡ってきます。そして、そのアイテムこそが、街履きできるレインブーツ「マルケ」というわけ。後半では、その制作秘話とマルケの魅力に迫ります。
後編:810sらしい長靴とは?
810s / MARKE
幅広いワークシーンで活躍するゴム長靴「ベスター L 03」をルーツにしたレインブーツ。リップル(波形)意匠とサクション(吸盤)意匠を組み合わせた独自の防滑ソールを採用し実用性を担保しつつ、シルエットを細身の短丈に調整しタウンユース仕様に。着脱を考慮して、タン部分が蛇腹式のゴムバンドに変更された。ベルトを使用すればフィット感もUP。WHITE、B.GREY、BLACKの3色展開。6,600円(税込)
(問)810s
https://www.bymoonstar.jp/810s/
写真/松山タカヨシ 文/妹尾龍都